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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)164号 判決

東京都港区赤坂二丁目3番6号

原告

株式会社小松製作所

代表者代表取締役

片田哲也

訴訟代理人弁理士

木村高久

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

岡和久

遠藤政明

今野朗

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第13870号事件について、平成5年8月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年9月16日、名称を「半導体光位置検出器」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭57-161470号)が、昭和63年5月27日に拒絶査定を受けたので、同年7月27日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第13870号事件として審理したうえ、平成5年8月5日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年同月28日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりであり、その請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨は、次のとおりである。

「pin構造を有するアモルファス半導体層と、このアモルファス半導体層の各面にそれぞれ設けた第1および第2の導電膜と、

上記第2の導電膜との間で光ビームの入射位置に対応した電流を取り出すべく上記第1の導電膜に配設した信号取出し用電極とを供え、

上記第1、第2の導電膜のうち、少なくとも上記光ビームの入射側に位置する導電膜に透光性を持たせたことを特徴とする半導体光位置検出器。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明は、特開昭56-137101号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、「センサー技術」(Vol12.No2、pp24~26、1982年2月発行。以下「引用例2」という。)、「電子材料」(Vol21.No9、pp35~40.1982年9月発行。以下「引用例3」という。)、特開昭56-150876号公報(以下「引用例4」という。)に記載された発明から容易になしうるものであるから、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨、各引用例の記載事項及び本願第1発明と引用例発明1との一致点・相違点の各認定並びに相違点(1)についての判断は認め、相違点(2)についての判断は争う。

審決は、相違点(2)についての判断において、本願第1発明の構成の容易推考性の判断を誤り、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、「非晶質シリコンを用いた光起電力装置は、甲第4号証(注、引用例4・本訴甲第6号証)に記載されているように周知であり、大面積、安価にできることも周知であるので、甲第1号証(注、引用例1・本訴甲第3号証)記載の光位置検出装置における起電力を発生する半導体層として甲第4号証(注、引用例4)に記載される非晶質シリコンを用いることは、必要に応じて容易に成し得ることに過ぎない。」(審決書6頁末行~7頁6行)としたが、誤りである。

すなわち、上記認定判断中、非晶質(アモルファス)シリコンを用いた光起電力装置は、引用例4に記載されているように周知であること、アモルファスシリコンを用いれば光電変換素子の受光面を大面積、安価にできることも周知であることは認めるが、これらの事項を前提にしても、引用例発明1における半導体層としてアモルファスシリコンを用いることが、必要に応じて容易に成しうるものであるとすることはできない。

(1)  同じく光電変換の原理によるとはいえ、光位置検出装置においては、光起電力装置におけるとは異なり、位置分解能が重視される。

この分解能△Lは、引用例2記載の式(6)(甲第4号証26頁)

〈省略〉

から明らかなように、半導体層の感度(光電変換効率)Sが高いほど向上し、受光面積(装置の長さL)の増大に伴って低下する。

アモルファスシリコンからなる半導体層の感度が単結晶シリコンからなる半導体層のものより低いことは、周知である。

これらの事項を前提にすれば、たとい、アモルファスシリコンを用いて光電変換素子を作れば、受光面を大面積、安価にするとの課題自体は解決できること及び光起電力装置においてアモルファスシリコンを半導体層に用いることが周知であったとしても、光起電力装置と異なり分解能の重視される光位置検出装置において、分解能を低下させる要素を有するアモルファスシリコンを採用して上記課題を解決する技術は、容易に推考できるものではない。

(2)  本願発明の発明者が本願第1発明の構成に思い至ったのは、高抵抗でキャリア移動度が低いというアモルファスシリコンの特性に着目し、これを光位置検出装置に活用しようとの発想を得たからであり、この発想がなければ、引用例発明1の半導体層をアモルファスシリコンとするとの着想は生じえない。

ところが、本願出願前、アモルファスシリコンの上記特性自体は周知であったものの、この特性に着目しこれを光位置検出装置に活用しようとの発想はなく、このような発想を容易にする状況も存在しなかった。

〈1〉 引用例4に記載されているような光起電力装置では、光起電力装置というものの性質上、光電変換効率が最重視される。

この光電変換効率を向上させるには、引用例4に「その出力特性は装置の直列抵抗が小さいほど良好である」(甲第6号証1頁2欄8~10行)と記載されていることからも明らかなように、半導体層の抵抗を可及的に低くすることが望ましく、設計に際しては、その点が考慮される。

すなわち、引用例4記載の光起電力装置においては、その半導体層がpin構造を有してはいるものの、アモルファスシリコンの有する高抵抗性が作用上の否定的要素となるから、この装置がアモルファスシリコンの高抵抗性を利用するものでないことは、明白である。

これに対し、光位置検出装置においては、外乱光による検出精度の低下を防止するうえで、また、半導体層に抵抗層をオーミックコンタクトするうえで、半導体層の構成材料としてできるだけ抵抗の高いものを採用することが望ましい。

このように、引用例4記載の光起電力装置と引用例発明1や本願第1発明の光位置検出装置との間には、そこで用いる半導体層の抵抗に関する技術的思想において相反するものがあるのであるから、前者においてアモルファスシリコンが用いられているとの事実が、後者においてこれを用いることへの着想を容易にすることにはならない。

〈2〉 引用例3に、「a-Si:Hにおいては、置換形の不純物ドーピングが可能で、pn接合などの素子特性を制御できる。また、良好な光導電性を示すため太陽電池、電子写真、撮像管、センサなどの光電交換デバイスへの応用研究が活発に進められている。」(甲第5号証35頁右欄1~5行)と記載されていることは認める。

しかし、この記載は、単にアモルファスシリコンの光デバイスへの一般的応用可能性を示しているだけで、光位置検出装置の半導体層の材料としてアモルファスシリコンを採用する技術を示唆するものではなく、現に、アモルファスシリコンを用いた光デバイスの例として同引用例に挙げられているものの中に、光位置検出装置は含まれていない。

したがって、引用例3の上記記載は、アモルファスシリコンの高抵抗性に着目して、光位置検出装置の半導体層の材料としてアモルファスシリコンを採用する技術の推考を容易にするものではない。

(3)  本願第1発明には、各引用例の記載からは予測できない効果がいくつかある。

第1に、上記アモルファスシリコンの高抵抗性による分解能の向上を挙げることができる。

この効果につき、審決は、「甲第3号証(注、引用例3)に記載されているように、非晶質シリコンは高抵抗でキャリア移動度が低いので解像度が向上するという効果は、半導体層に非晶質シリコンを採用したことにより、当然に予期できるものである。」(審決書7頁6~10行)としたが、誤りである。

引用例3に、「TVカメラ用撮像素子に使われる光導電材料は、受光面における電荷が拡散して解像度劣化を生じないために、その比抵抗が1010Ω-cm以上あることが必要である。そこで、反応性スパッタリングあるいはわずかなボロンをドープしたグロー放電分解によるa-Si:Hが用いられる。」(甲第5号証39頁左欄本文6~10行)との記載があり、この記載により、TVカメラ用撮像素子の解像度劣化を避けるためには、その光導電材料の抵抗性が大きいことが必要であることが開示されていることは認める。

しかし、引用例3記載の撮像素子の光導電材料にアモルファスシリコンを用いているのは、その厚み方向の抵抗をできるだけ高くして同方向への電荷の拡散を防止するためであるのに対し、本願第1発明の光位置検出装置は、発生したキャリアを、半導体層のpin接合たよって形成される電界を利用して同層の厚み方向(抵抗層側)に移動させるものであるから、半導体層の厚み方向の抵抗に関してはむしろ低いことが望ましく、厚み方向への電荷の拡散が解像度の劣化をもたらす要因にはなりえないものである以上、アモルファスシリコンの高抵抗により電荷の横方向への拡散が防止され、その結果分解能が向上するという、本願第1発明の光位置検出装置における効果は、引用例3の上記記載から予測されるものではない。

第2に、半導体層及び抵抗層をそれらの作用が最も有効となるように設計することができるという効果を挙げることができる。

すなわち、アモルファスシリコンは、ピーク感度が得られるような高い濃度のドーピング(例えば1020cm-3程度)を施した場合でも、それ自身が抵抗層として機能することのない高い抵抗値を呈するので、感度がピーク値となるように半導体層を設計することが可能であり、また、このように半導体層が高い抵抗値を呈することから、抵抗層の抵抗値を負荷抵抗の大きさ等を勘案しながら、最適値に設計することができる。

以上に代表される本願第1発明の奏する効果は、同発明の構成をいったん採用してしまえば、それのものとして予測の困難なものとはいえないものの、各引用例の記載からは、容易に予測することのできないものであり、このことは、同発明の構成の採用がいかに困難であるかを効果の面から裏付けるものといわなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  光電変換素子において、アモルファスシリコンを用いることにより、受光面を大面積、安価に形成できることが周知であること、引用例3に、「a-Si:Hにおいては、置換形の不純物ドーピングが可能で、pn接合などの素子特性を制御できる。また、良好な光導電性を示すため太陽電池、電子写真、撮像管、センサなどの光電交換デバイスへの応用研究が活発に進められている。」(甲第5号証35頁右欄1~5行)と記載されていることは、原告も認めるとおりである。

さらに、半導体光位置検出装置の光電変換層を高抵抗とすることは、引用例2に記載されており、アモルファスシリコンが単結晶シリコンより高抵抗であることは、技術常識である。

これらの事項を前提にすれば、引用例発明1の半導体光位置検出装置において光電変換層を構成する半導体層をアモルファスシリコンで構成することが容易に想到できるものであることは、明らかである。

2  原告は、アモルファスシリコンが感度(光電変換効率)において単結晶シリコンに劣り、感度の悪さが分解能を低下させる要因となることなど、アモルファスシリコンを半導体層に用いて受光面を大面積にした場合の不都合を挙げて、アモルファスシリコンを採用した構成への推考の困難さの根拠とするが、失当である。

アモルファスシリコンが感度(光電変換効率)において単結晶シリコンに劣ること、感度の悪さが分解能を低下させる要因となることは認めるが、アモルファスシリコンを半導体層に用いた場合、個々の要素の中に不都合なものがあったからといって、他方で安価に大面積化できるなどの好ましい要素があることは前述のところから明らかである以上、これらの事項は、アモルファスシリコンを採用した構成への推考の困難さにつながるものではない。

このことは、感度の悪さが不都合である点では光位置検出装置と同じである光起電力装置においてアモルファスシリコンが使用されているとの、原告も認める周知事項に照らしても明らかなことである。

のみならず、原告が強調する半導体光位置検出装置の分解能△Lは、ひとり感度Sのみによって決定されるのではなく、感度S、検出器の長さL、入射光の強さI、帯域幅B、抵抗層の抵抗Rs、使用温度Tの総合によって決定されるものであることは、原告自身の引用する引用例2記載の関係式(6)

〈省略〉

からも明らかなところであるから、これらの要素中の選択可能なものを適宜選択して必要とする分解能△Lが得られるようにすることは、当業者が必要に応じて適宜行う設計事項ということができる。

したがって、本願におけるように、検出器を安価で大面積化するなどの必要がある場合に、単結晶シリコンに代えてアモルファスシリコンを採用することは、当業者の容易に想到しうることにすぎない。

3  原告は、高抵抗でキャリア移動度が低いというアモルファスシリコンの特性に着目し、これを活用しようとの発想のないところに、引用例発明1の半導体層をアモルファスシリコンとするとの着想は生じえないとの前提に立って、光起電力装置においてはアモルファスシリコンの高抵抗性が消極的要因とされており、同装置におけるアモルファスシリコンの使用がアモルファスシリコンの高抵抗性を利用するものではない以上、同装置におけるアモルファスシリコンの使用は、アモルファスシリコンの高抵抗性活用しようとの発想の根拠になりえない旨主張するが、失当である。

まず、原告が前提とするところが誤りであることは前述のとおりである。

また、光起電力装置において、装置自体の内部抵抗が低いほうが好ましいことは周知であるが、この内部抵抗と半導体層自体の抵抗とは異なるものであり、内部抵抗が低いほうが好ましいということから、半導体層自体の抵抗が低いほうが好ましいとの結論がでてくるわけではない。原告の引用する引用例4の「その出力特性は装置の直列抵抗が小さいほど良好である」(甲第6号証1頁2欄8~10行)との記載も、装置自体の直列抵抗について論じているのであって、半導体層自体の抵抗について論じているのでないことは明らかである。

原告の前記議論は、光起電力装置において、装置自体の内部抵抗が低いほうが好ましいとされていることと、半導体層自体の抵抗が低いほうが好ましいとされていることを混同するものであり、この点においても誤っていることが明らかである。

4  光電変換素子においてp領域及びn領域を同一半導体基体内に形成する場合、シリコン膜表面に平行なpin構造とするから、膜厚方向に内部電界が生じる。

光照射によって生じたキャリアは、この電界と拡散とにより移動するが、その際、内部電界が大きいため、キャリアの大部分は電界方向に移動し、横方向(膜厚に直交する方向)の移動はほとんどない。

このようにキャリアの移動が縦方向(膜厚の方向)に多く横方向に少ない現象の原因は、上記内部電界により与えられる方向性であり、この電界はp領域及びn領域を同一半導体基体内に形成したことにより生じたものであって、このことは、p領域及びn領域を同一半導体基体内に形成する限り、単結晶シリコンを用いた場合にも、アモルファスシリコンを用いた場合にも、また、光起電力装置においても、光位置検出装置においても、同じように生ずることである。

アモルファスシリコン層は、単結晶シリコン層よりも光の吸収性が大きいから、単結晶シリコン層より薄くできることは、光起電力装置において周知である。

内部電界のない領域に到達したキャリアは、拡散で移動するが、拡散はすべての方向に等方的に生ずる。しかし、アモルファスシリコンを用いて光電変換素子を構成する場合、この領域は極めて薄く、かっ、高抵抗の材料で構成されているので、横方向へのキャリアの移動は、結局わずかのものにすぎないことになる。そして、アモルファスシリコンは高抵抗でキャリア移動度が低いことが周知であったことは原告も認めるところである。

そうとすれば、本願第1発明においてアモルファスシリコンを用いたことによる分解能の向上に関し原告の主張するところは、アモルファスシリコンの採用とは無関係のもの、あるいは、アモルファスシリコンにつき既に知られていることであるから、これを用いた場合の効果が容易に予測できるものであることは、明らかといわなければならない。

審決が引用例3を挙げたのは、アモルファスシリコンの高抵抗性を利用してキャリアの拡散を防ぐ技術の例としてである。アモルファスシリコンの高抵抗性を利用してキャリアの拡散を防止することが引用例3に記載されていることは、そこで防止の図られている拡散の方向が厚み方向に限られるか否の点を除き、原告も認めるところであるから、審決が「甲第3号証(引用例3)に記載されているように、非晶質シリコンは高抵抗でキャリア移動度が低いので解像度が向上するという効果は、半導体層に非晶質シリコンを採用したことにより、当然に予期できるものである。」(審決書7頁6~10行)と認定判断したことに誤りはない。他にも、各引用例の記載と周知事項とから予測できない効果を本願第1発明に認めることはできない。

したがって、上記効果が認められることを前提に、これを本願第発明の構成の推考の困難性の根拠とする原告主張は、失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  引用例発明1と本願第1発明とが、審決認定のとおり、相違点(1)、すなわち、半導体光位置検出器を構成している半導体層が、本願第1発明においては、pin構造を有するのに対し、引用例発明1においては、pn接合である点と、相違点(2)、すなわち、上記半導体層が、本願発明においては、アモルファス半導体層であるのに対し、引用例1には、この点につき明確な記載がない点を除き、その余の構成において一致するものであること、相違点(1)については、半導体光位置検出器において、pinの3層構造を用いる点は、引用例2に記載されており、また、一般に、光感度向上のため高抵抗i層を用いることは良く知られていることであるから、引用例発明1に引用例2記載のpin構造を用いることは容易であること(審決書5頁13行~6頁18行)については、当事者間に争いがない。

また、引用例発明1や本願発明のような半導体光位置検出装置と引用例4に記載されている光起電力装置が、ともに半導体層による光電変換の原理を利用する装置であり、この同じ光電変換の原理を利用する光起電力装置において、審決認定のとおり、「非晶質シリコンを用いた光起電力装置は、甲第4号証(注、引用例4、本訴甲第6号証)に記載されているように周知であり、大面積、安価にできることも周知である」(審決書6頁末行~7頁2行)ことは、原告も認めるところである。

2  この非晶質シリコン(a-Si)を用いた半導体については、引用例3(甲第5号証)の「アモルファス半導体」の章に、「原子配列が長距離秩序を持たないアモルファス(非晶質)半導体は、結晶半導体と異なる光学的あるいは電気的性質、その加工性、量産性にかかわる魅力などから、工業材料としての応用がますます注目されている。」(同35頁左欄1~4行)、「a-Siが半導体デバイス材料として有望視されるようになったのは、その結合構造中に水素を組み込むことにより、エネルギーギャップ内の電子・正孔の捕獲準位密度を著しく低くできることが見いだされたためである。その意味で、この材料は水素化アモルファスSi(a-Si:H)と呼ばれている。a-Si:Hにおいては、置換形の不純物ドーピングが可能で、pn接合などの素子特性を制御できる。また、良好な光導電性を示すため太陽電池、電子写真、撮像管、センサなどの光電交換デバイスへの応用研究が活発に進められている。」(同35頁左欄15行~右欄5行)、「以上述べたように、シリコン系アモルファス半導体はその特性および加工性、量産性にかかわる魅力から、その歴史はたかだか5、6年であるにもかかわらず、多くのデバイスへ応用されており、・・・魅力に満ちた材料分野であり、今後は新たな応用分野を創造する原動力になろう。」(同40頁右欄13~21行)と記載されていることから明らかなように、本願出願前すでに、アモルファス半導体の「センサなどの光電交換デバイスへの応用研究が活発に進められている」状況にあったことが認められる。

3  以上のアモルファス半導体及びこれを利用した光電変換装置についての技術状況を前提にすれば、本願明細書(甲第2号証)に記載されているように、シリコン単結晶を原材料としている従来の半導体光位置検出装置は、「シリコン単結晶を原材料としているために大面積に形成することが技術的および経済的に困難であり、かかる理由から、分解能を向上するためには複雑高価な光学系を外付けする必要があった」(同3欄15~19行)との欠点を有することに鑑み、アモルファスシリコンを用いれば光電変換素子の受光面を大面積、安価にできるとの上記周知事項を適用して、本願第1発明のように、半導体層をアモルファス半導体層とし、「上記した欠点を解消した半導体光位置検出器を提供すること」(同3欄22~23行)は、当業者にとって容易に推考できたことといわなければならない。

4  原告主張のとおり、同じく光電変換の原理を利用する装置であっても、光起電力装置とは異なり、光位置検出装置においては分解能が重視されることは、明らかである。

しかし、半導体光位置検出器における分解能を示すものとして原告も引用する引用例2に示されている式(6)(甲第4号証26頁)

〈省略〉

によれば、分解能△L(その値の小さいほど、分解能が大)は、感度(光電変換効率)Sが高いほど向上し、受光面積(装置の長さL)の増大に伴って低下すると同時に、抵抗層抵抗値Rsが高いほど向上することが明らかである。

そして、アモルファスシリコンの半導体層が、単結晶シリコンの半導体層よりも、感度においては劣るが高抵抗であることが周知の事項であることは当事者間に争いがないから、この式は、半導体層を、単結晶シリコンからアモルファスシリコンに変えれば、感度Sの点では分解能を低下させるものの、抵抗層抵抗値Rsの点では、半導体層の高い抵抗値を通じてこれを向上させうるものであることを示しているのであり、このことが当業者にとって明らかである以上、これらの要素中の選択可能なものを適宜選択して必要とする分解能△Lが得られるようにすることは、当業者が適宜なしうる設計事項というべく、単に感度の点で劣っていることが、当業者にとり単結晶シリコンをアモルファスシリコンに変えることの発想を妨げる要因になるとは認められない。このことは、それだけを取り出せば感度(光電変換効率)の不良性が否定的に作用するはずの光起電力装置においても、受光面を大面積に形成できる利点などから、アモルファスシリコンが現に採用されているという事実によっても裏付けられるというべきである。

また、分解能が受光面積の増大に伴って低下するとしても、受光面積の増大には、「複雑高価な光学系を外付けする必要」をなくするなどの大きな利点があることは前述のとおりであるから、これもまた、受光面積の増大を容易にするアモルファスシリコンを用いた構成の採用を妨げる要因とはなりえないと認められる。

5  原告は、高抵抗でキャリア移動度が低いというアモルファスシリコンの特性に着目し、これを活用しようとの発想のないところに、引用例発明1の半導体層をアモルファスシリコンとするとの着想は生じえないとして、これを前提に、光起電力装置である引用例発明4においてはアモルファスシリコンの高抵抗は否定的要素とされている以上、同発明におけるアモルファスシリコンの使用は、光位置検出装置である引用例発明1の半導体層をアモルファスシリコンとするとの着想につながらない旨主張する。

しかし、原告の引用する引用例4(甲第6号証)の「その出力特性は装置の直列抵抗が小さいほど良好である。」(同1頁2欄8~10行)との記載が、光起電力装置自体の直列抵抗について論じているのであって、半導体層自体の抵抗について論じているのでないことが明らかであり、その他、光起電力装置においてアモルファスシリコン自体の高抵抗が否定的要素とされているとの事実は、本件全証拠を検討しても認めることができない。

仮に、アモルファスシリコンの属性である高抵抗性が、光起電力装置においては否定的に、光位置検出装置においては肯定的に作用すると考えられているとしても、その高抵抗性が否定的に作用すると考えられている光起電力装置においてさえもアモルファスシリコンが使用されるということは、大面積のものが安価に形成できるなど、上記否定的要素を補って余りある肯定的要素がアモルファスシリコンにあると考えられているからにほかならないことは自明であり、高抵抗性が作用上の否定的要素とならない光位置検出装置においては、この肯定的要素を正に肯定的要素として使用できることは明らかであるから、ここでもアモルファスシリコンを使用してみようと考えることに何の困難もないはずであり、そこでは、高抵抗性が作用上の否定的要素とならない限度において、むしろ、より使用に適するであろうと予測するのが、自然な発想であるといわなければならない。

原告は、アモルファスシリコンを用いた光デバイスの例として引用例3に挙げられているものの中に、光位置検出装置は含まれていないことを理由に、同引用例は、光位置検出装置の半導体層の材料としてアモルファスシリコンを採用する技術を示唆するものではないというが、同引用例に、アモルファス半導体の「センサなどの光電交換デバイスへの応用研究が活発に進められている」ことが記載されていることは前示のとおりであり、また、本願第1発明は、光位置検出装置の半導体層の材料として、単結晶シリコンに代えてアモルファスシリコンを採用することを主目的とするものであることは本願明細書の記載(甲第2号証3欄15~25行)から明らかであるうえ、本願第1発明の要旨に示されるように、本願発明はアモルファスシリコンを半導体層の材料として使用することを規定するだけで、これを使用する場合の条件等を何ら規定するものではないから、原告の上記主張は、前示判断を左右するに足りるものではない。

結局、原告の主張に根拠があるとは認められず、その他、原告の主張を根拠づける資料は、本件全証拠によっても認めることができない。

また、本願明細書に記載されている本願第1発明の奏する効果が、本願第1発明の構成から予測できない格別のものということができないことは、原告も認めるところである。

6  以上のとおりであるから、本願第1発明は引用例1~4に記載された発明に基づいて容易に想到できたものというほかはなく、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第13870号

審決

東京都港区赤坂2丁目3番6号

請求人 株式会社小松製作所

東京都中央区銀座二丁目11番2号 銀座大作ビル6階 木村内外国特許事務所

代理人弁理士 木村高久

昭和57年特許願第161470号「半導体光位置検出器」拒絶査定に対する審判事件(平成4年1月7日出願公告、特公平4-395)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和57年9月16日の出願であって、その発明の要旨は、当審において出願公告された、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「1.pin構造を有するアモルファス半導体層と、このアモルファス半導体層の各面にそれぞれ設けた第1および第2の導電膜と、

上記第2の導電膜との間で光ビームの入射位置に対応した電流を取り出すべく上記第1の導電膜に配設した信号取出し用電極とを備え、

上記第1、第2の導電膜のうち、少なくとも上記光ビームの入射側に位置する導電膜に透光性を持たせたことを特徴とする半導体光位置検出器。

2.pin構造を有するアモルファス半導体層と、このアモルファス半導体層の各面にそれぞれ設けた第1および第2の導電膜と、

上記第1および第2の導電膜にそれぞれ配設したX方向信号取出し用電極およびY方向信号取出し用電極とを備え、

上記第1、第2の導電膜のうち、少なくとも上記光ビームの入射側に位置する導電膜に透光性を持たせたことを特徴とする半導体光位置検出器。

3.pin構造を有するアモルファス半導体層と、このアモルファス半導体層の各面にそれぞれ設けた第1および第2の導電膜と、

上記第2の導電膜との間で光ビームの入射位置に対応した電流を取り出すべく上記第1の導電膜に配設した信号取出し用電極とを備え、

上記第1、第2の導電膜の双方に透光性を持たせたことを特徴とする半導体光位置検出器。

4.pin構造を有するアモルファス半導体層と、このアモルファス半導体層の各面にそれぞれ設けた第1および第2の導電膜と、

上記第1および第2の導電膜にそれぞれ配設したX方向信号取出し用電極およびY方向信取出し用電極とを備え、

上記第1、第2の導電膜の双方に透光性を持たせたことを特徴とする半導体光位置検出器。」

これに対して、特許異議申立人、三洋電機株式会社が提出した甲第1号証刊行物である特開昭56-187101号公報には、「積層した抵抗層11、p型半導体層12、n型半導体層18、導電層14と抵抗層11の対向する2端に設けた位置信号端子15、16、導電層14に設けた共通端子17から構成されていて、光位置検出器の面18の上の点pに光Lが入射したとき、点pに対応するp型半導体12とn型半導体18の接合部に光起電力を生じ」る光位置検出装置(第1頁右下欄第15行ないし第2頁左上欄第1行)が記載されている。

甲第2号証刊行物である「センサー技術」(Vol12.No2、pp24~26、1982年2月発行)には、半導体位置検出器において、pinの8層構造を用いる点が記載されている。

甲第8号証刊行物である「電子材料」(Vol21.No9、pp85~40.1982年9月発行)には、アモルファス半導体を用いたTVカメラ用撮像素子に使われる光導電材料は、受光面における電荷が拡散して解像度劣化を生じないために、その比抵抗が1010Ω-cm以上あることが必要であることが記載されている。

甲第4号証刊行物である特開昭56-150876号公報には、非晶質シリコンを用いたpin構造の光起電力装置が記載されている。

本願特許請求の範囲1記載の発明と甲第1号証記載の発明とを対比する。

甲第1号証記載の発明において、光Lを照射したとき、抵抗層11を通して光が入射し、光起電力を発生しているので、抵抗層11は透光性を持つと認められる。よって、特許請求の範囲1に記載の発明と甲第1号証記載の発明とは、

「半導体層の各面にそれぞれ設けた第1および第2の導電膜と、

上記第2の導電膜との間で光ビームの入射位置に対応した電流を取り出すべく上記第1の導電膜に配設した信号取り出し用電極とを備え、

上記第1、第2の導電膜のうち少なくとも上記光ビームの入射側に位置する導電膜に透光性を持たせたことを特徴とする半導体光位置検出器。」である点で一致し、

1)半導体光位置検出器を構成している半導体層が、本願発明においては、pin構造を有するのに対し、甲第1号証記載の発明ではpn接合である点、

2)半導体光位置検出器を構成している半導体層が、本願発明においては、アモルファス半導体層であるのに対し、甲第1号証には明確な記載がない点、

の2点で相違する。

そこで、上記相違点について検討する。

相違点1)について、

半導体光位置検出器において、pinの8層構造を用いる点は、甲第2号証に記載されており、また、一般に、光感度向上のため高抵抗1層を用いることは良く知られていることであるから、甲第1号証記載のpn接合構造に換えて、甲第2号証に記載のpin構造を用いることは容易である。

相違点2)について、

非晶質シリコンを用いた光起電力装置は、甲第4号証に記載されているように周知であり、大面積、安価にできることも周知であるので、甲第1号証記載の光位置検出装置における起電力を発生する半導体層として甲第4号証に記載される非晶質シリコンを用いることは、必要に応じて容易に成し得ることに過ぎない。さらに、甲第8号証に記載されているように、非晶質シリコンは高抵抗でキャリア移動度が低いので解像度が向上するという効果は、半導体層に非晶質シリコンを採用したことにより、当然に予期できるものである。

したがって、特許請求の範囲1に記載の発明は上記甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明から容易になしうるものと認められ特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

以上のように、本願特許請求の範囲1に記載の発明が、特許を受けることかできないものであるから、特許請求の範囲2ないし4に記載の発明に関しては論じるまでもなく、本出願は拒絶をするべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年8月5日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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